今年1月1日の広報八王子に八王子の魅力を再発見、あなた
の身近にこんな景色が、として「八王子88景」が選定されたと
いう記事がありました。その中に長池見附橋が選ばれています。
多摩ニュータウンは橋の多い街ですが、その中でも長池見附橋
は美しい橋のひとつではないかと思います。今回はこの長池見
附橋について述べてみたいと思います。 長池見附橋はかつて新宿区四谷にあった四谷見附橋を移設復
元したものです。橋の中央には「成月九年ニ正大 橋附見谷四」
という右から読む横書きの碑銘がはめ込まれています。橋の名
にある「見附」は江戸時代に桝形の城門を築き通行人の検問を
行う施設があった場所を示します。道はこの城門のところで鉤
型に90°曲がり、外敵がスムーズに通過できない構造になって
いました。四ツ谷門以外にも田安門、虎の門、半蔵門等(今も
地名として残っていますね)に桝形の城門が築かれていました。
時代が進み、明治時代になり甲武鉄道の四ツ谷駅が1894年に開
業しますが、この頃には桝形の城門は撤去されていました。し
かし、道路は桝形城門に従った形でコの字形に迂回していまし
た(コの字形の|の部分で外堀を築堤で越えていた)。当時開
通した市電も道路に沿って迂回していましたが、これを解消す
るために架けられたのが四谷見附橋でした。1913(大正2)年
に竣工し、構造は上路式鋼製アーチ橋で橋長37m、幅員約22m
で外堀を跨ぎ、迂回していた道路を一直線でつなぎました。ま
た、この橋は1909(明治42)年に完成した赤坂離宮(現在の迎賓
館)のデザインに対応したネオバロック調の装飾が施されてい
ました。架橋当時はモダンな橋だったようです。1987(昭和62)
年に架け替え工事が始まるまで、70年を超えて現役でがんばっ
ていました。 四谷見附橋は創建当時の姿そのままで共用されている日本最
古の鉄製アーチ橋であり、また、明治中期から大正期に架橋さ
れた装飾橋の中でも鉄橋としては残された唯一の橋でした。文
化遺産としても価値の高い橋を移築復元しようとの声があり、
その移設場所として選ばれたのが長池公園でした。
長池公園にかかる橋は当初(移設前)の計画では、
@環境特性から周辺環境との自然的調和を図る橋
A機能特性からレクリエーション機能を有する橋
B形態特性としては緑地との調和を図り、シンボリックな橋
と位置付け、木橋のイメージを持ったものとしていました。し
かし、四谷見附橋の移設・復元が決まると橋梁下は当初の狭い
せせらぎから、広くゆったりとした池の形状に計画の変更がな
されました。この池は復元橋の姿が水面に映し出されることか
ら姿池と呼ばれることになったのです。私たちが親しんでいる
せせらぎにもちょっとした歴史があったのですね。 以上のように長池見附橋には、たどって来た道がありました。
地域のシンボルである橋として、これからも大切にしていきた
いですね。 <参考文献> (プランヴェールせせらぎの丘 田中 純)

・多摩ニュータウン 四ツ谷見附橋再建工事誌(住宅・都市整備公団著)
・ネオバロックの灯 四谷見附橋物語(四谷見附橋研究会編著)